日本語好きな人、寄っといで -27ページ目

生きている「やまとことば」の遺伝子

 [美辞麗句]ということばは、昔からネガティブな意味に使われているように、日本人は耳障りがいいだけで内容のともなわないことばは、美しいことばではないという美意識をもっています。


 「美しいことば」とは何か。それはことばの意味や内容にふさわしい音を持ったことばのことだと思います。
 わかりやすく言えば、明るい意味のことばには明るさを感じる音を、寂しい意味のことばには寂しさを感じる音の入ったことばが美しいことばといえるのです。


 現代人は音響機器やメディアの発達などにより、ことばの音に鋭い感性をもっていて、次々と優れた流行語が生まれるのも、よりよいことばを求める人々の無意識から生まれた現象に過ぎないのです。
 「チャパツ」「イケメン」「かっこいい」など、定着している流行語の多くは、すぐれた音相をもったものが多いし、意味がまったくわからなくても音が良いだけで高い人気を得ている外国のブランド名は数えあげればキリがありません。
 また、音の響きのよくない「ビッグ・エッグ」、「DIY(ディ-アイワイ)」、「WOWOW(ワウワウ)」「E電」などは、発表になったその日から誰も口にする人がいないのです。
 これらはみな、現代人が高い音相感覚を持っているからに他ならないのです。
国語の乱れがしきりにいわれる現代ですが、これらの事実に見られるように、音韻だけは太古と変わらぬ生き生きした光りを私は感じるのです。

 「言語は、時代とともに変化をするが、音韻は1000年に2%しか変わらない」という言語学の説がありますが、今の流行語を分析すると、やまとことば時代の音相とまったく同じ譜系をそこに感じるのです。
 それは日本語の遺伝子といってよいものでしょう。
 音相との取り組みは、やまとことばの美を訪ねる旅でもあるのです。

Q&A・1 表情語を選び出す基準

Q.音相基には多くの表情語がありますが、音相分析をおこなうとき、その中の1つの表情語を選び出す基準は何ですか。(T.T)


A.たとえば、『イ音多用』という音相基には、

「シンプル感・すっきり感・明るさ・開放感、異常感、強さ、鋭さ…」

など、多くの表情語がありますが、これらの中からどれを選びだすかは、分析する語がどんな意味(コンセプト)をもっているかで決まります

 また、表情語の幅の中にふくまれるものであれば、表情語にないことばで評価をしてもよいのです。

Q&A・2 「百草百花」(ひゃくそうひゃっか)についてうかがいます。

 Q.百草には[ひゃくそう]のほか[ももくさ]という呼び名もありますが、なぜ「ももくさひゃっか」といわないのでしょうか。その理由を音相的にはどう説明したらよいでしょうか。(Y.H)


 A.ひゃくそうひゃっか」には、日本語の音韻としては比較的新しい拗音「ひゃく」がリフレーン(繰り返し)で2つもあり、それらが頭韻にもなっていて美しいリズムができているからです。

 「ももくさひゃっか」では音相的なヤマがなく、緊張感が弱いからです。

Q&A・3 喫茶店を「カフェ」というようになったのはなぜですか。

 Q.最近、喫茶店のことをカフェと名付けたおしゃれなお店が増えています。喫茶店とカフェ、どちらが音相的によいのでしょうか。(C子)


A.今の人は忙がしいせいか、「懐メロ、省エネ、カラオケ、デパチカ」など、ことばの音の数を1音でも少なくするのを好みます。

 喫茶店は5拍もあって長いため、若者たちは3拍語の「サテン」を使っていましたが、この語は「喫」の字をただ切っただけの安直さのためムードがありません。これを「カフェ」に代えると、さらに1拍減って2泊になるだけでなく、「フェ」という西欧風の気品を感じる音が入るため、おしゃれで高級な店のイメージが生まれるのです。

 このようなことば選びの工夫をみても、今の若者たちの高度な音相感覚が見えるのです。

車のコンセプトを表現する、7つの音

 車の商品名には「動くイメージ」を表す“ラ行(R、L)”音が有効であることを前回述べたが、このことから車の名前には必ずラ行音が必要だというわけではない。
 商品名は顧客に訴えたい商品の特徴(コンセプト)を音で表現しなければならないが、コンセプトの内容によって音の種類は変わってくる。
 一般に車の名前で表現したいコンセプトとしては、「動くイメージ」のほか「スピード感」「モダンさ」「大型車(高級車)」「小型車(軽自動車)」「大衆車」「女性向け」などが考えられる。これらを表現する音にはつぎのようなものがある。


1.動くイメージを表す音
  ラ行音、長音(伸ばす音)
2.大型または高級車を表す音
  声帯を振動させて出す有声音。特に濁音、オ、ウ音。および拍(音節)数が七音以上で多いこと。
3.小型感、または軽便感を表す音
  イ音、促音(「っ」の音)。および拍数が三音以上と少ないこと。
4.スピード感を表す音
  破裂音(パ、タ、カ音)、促音
5.モダンさを表す音
  促音、新子音(ティ、ディ、トゥ、ドゥ、ヴァ、ファ行音など)
6.大衆性を表す音
  破裂音、無声音。および拍数が少ないこと。
7.女性向けを表す音
  摩擦音(ハ、サ、ヤ、ワ行音)、鼻音(マ、ナ行音)、流音(ラ行音)。


 以上をもとにトヨタ自動車の小型車「ヴィッツ」を見てみよう。
 この音を分析すると、促音、イ音、無声破裂音の影響が強く、拍数の少ない語であることがわかる。

したがって「ヴィッツ」は小型感、軽敏感(3)、スピード感(4)、モダンさ(5)、大衆性(6)などを訴えたい車に向く名前だといっていいようだ。(木通)       (日経産業新聞ネーミングNOW 1999.06.01)

ラ行音は流動感をつくる

 前回この欄でネーミングには音のフォローが必要なことを述べたが、それをさらに具体例で考えてみたい。

 優れたネーミングとして、英国車「ロールスロイス」の名が浮かぶ。この語は人の名前で特別な意味を持たないから、この語の良さとは音の良さということになる。「ロールスロイス」は頭韻と脚韻、二つの韻をふんでいる。日本語では押韻で効果を上げている例は少ないが、この語の場合二つの韻がエキゾチックなムードを高めているし、四・三拍の音数律が落ち着いた日本的なリズムを作っている。それに加えてこの語の良さは、ラ行音(流音)を多用して「流動感」を表現した優れた工夫があることだ。


 ギリシャの哲学者ヘラクレートスが「ラ行(R、L)音は移動または回転のイメジを作る」と言ったのは紀元前四世紀のことだが、今でもそれは世界の言語に多く見られる現象だ。

 英語の単語にRUN(走る)、DRIVE(運転)、REMOVE(移動)、ROTATION(回転)、ROUND(回る)などがあるし、

 フランス語にもTOURNER(回す)、REMUER(動かす)、ALLER(歩く、進む)などがある。

 また日本語でもコロコロ、クルクル、ぶらぶら、のろのろ、流れ(る)、転(ぶ)…など数えあげればきりがない。


 ラ行音はそういう意味の語に多いから、この音を聞くと多くの人が意識の深層で「移動や回転」のさまをイメージし、それが商品コンセプトにつながっていると印象深く記憶に残るネーミングとなる。
 また、ラ行音に長音(ーの音)が加わると移動や回転のイメージはさらに促される。長音は引き音といわれるように音そのものが「動き」を作っているからだ。
 ロールスロイスをはじめフォルクスワーゲン、ゼネラルモータース、ルノーなど人気の高い車の名にラ行音と長音の併用が多い理由がそこにある。自動車の名前を例にあげたが、優れた音響感覚を持つ現代人はこのような高いレベルのネーミングを求めているのである。(木通)

(日経産業新聞ネーミングNOW 1999.04.06)

「湘南」の響きにはリゾート感のある

 神奈川県でまたまた「湘南論争」が起こっている。「湘南」の名は車のナンバーで争われたばかりだが、今回は横須賀、逗子、葉山などの合併構想でこの名が市名案に上ったことから、茅ヶ崎、藤沢などの周辺各市から反対の声が上がっている。

 

湘南」はもともと中国湖南省の「湘江南部」の景勝地を指したものという。この名と深いいわれのある地は県内どこにもないようだが、人々はこの名前のどこにこだわっているのだろうか。この詮索は商品などのネーミングを考える上で、大きな示唆を含んでいる。

 地元に特別なゆかりがなく、字面の上でもさほど良さが感じられない。魅力があるとすれば、ことばのイメージを作る音の響きの良さだけだろう。音相分析法でイメージを取り出してみると、「おだやか、豪華さ、優雅さ」を明白に表示しながら、若者たちの心をとらえる「庶民的、爽やか、軽快感、躍動感、個性的」などの音感を持つリゾート地を彷彿とさせる優れた地名であることがわかる。

 「豪華、優雅」などのイメージはこの語の無声摩擦音(しょ)と鼻音(な、ん)の響き合いの強さによって生まれ、若者的なイメージは無声摩擦音と撥音(ん)の響きあいから生まれた。摩擦音や鼻音などが互いに響き合うと、さまざまな表情が生まれる。この名にこだわる人々の感性の高さにただ敬服するばかりだが、このことは大衆の音響感覚が発達した時代では、音の検討を抜きにして、ネーミングは成り立たないことを教えている。(木通)

(日経産業新聞ネーミングNOW 2001.10.24)

「IT」という語の不思議な魅力

 大衆が好んで受け入れるネーミングに二つの種類があるようだ。
 新しさや物珍しさで訴えてくるものと、今一つは商品が持つイメージを語感の響きで表現しているものである。前のほうは珍しさを感じなくなると人気も自然薄れてゆくが、後者のものは長く使ってゆくにつれその味わいが深まってゆく。古くから息長く人気の続いている製品、ブランド名などがその例だ。

 「IT」(情報通信)は血の通わないアルファベットだけでできたことばだが、この語はあっという間に何の抵抗も無く全国へと広がった。
 そのような語はほぼ例外なく音の響きの良さを持っている。響きのよさとはことばの音が作る表情の良さのことだが、「IT」がどんな表情を持っているかをコンピューターで取り出してみた。
 この表から「IT」が「鋭さ、特殊感、シンプル、活性的、合理的」などを高点で持ち「愛情、やすらぎ、大衆性」などを持たない語であることがわかる。
 そのことは、この語が情報技術が持つ高い科学性や先端性を的確な音で表現していることを示している。人々がすんなり受け入れたのも、語音が作る表情への共感があったからだと言えるのだ。また、コンピューターはそのような表情が生まれた根拠として、この語が調音種や母音の種類が少ないこと、響きの強い音節や異常感を作る母音「イ」が多いことなどを取りだしている。

 このように、ことばの音が伝える「表情」(イメージ)を身近なことばを使って取り出したり、それが生まれた原因などを明らかにするのが音相分析法である。(木通)

(日経産業新聞ネーミングNOW  2000.09.12)

不人気ネーミングはなぜ生まれるのか

 見落とされがちな音の存在


 ほとんどの言葉は、意味や内容にふさわしい音の響きを持っている。「ハキハキ」という言葉には明るい音があるし、「グズグズ」には動作の鈍さや暗さを感じる音がある。「ハキハキ』を暗いと感じる人はいないように、こうした感覚は日本人のだれもが同じように持っている常識のようなものだといってよいだろう。言葉の音に見られるこの種の表情を、私は「音相」と呼んでいる。


 音相は、日ごろの会話の中でだれもが有効に使っているものだが、その仕組みや成り立ちが明らかにされていないため、「語感」という言葉でしか認識されていないのが現状だ。
 だが今の大衆は、言葉の好き嫌いを語音の響きで決める鋭い音響感覚を持っていて、その傾向は今後さらに高まってゆくことは明らかだ。商品イメージを決定づける「ネーミング」の仕事にとって、音への取り組みが欠かせられない理由がそこにある。

 誰もが口に出して言おうとしない商品名を挙げてみた。

   アセロラドリンク(ドリンク)、グリチルリチン(薬品名)、

   バスジフ(浴用剤)、ミニマム(社名)、JA(社名通称)、

   ペディグリーチャム(ペットフード)、ジャパンエナジー(社名)、

   のぞみ(新幹線名)、どくだみ茶(ドリンク)……


 前回掲げたものも含め、人気の出ないネーミングには必ず次のどれかの欠陥がある。

1.言いにくい(難音感がある)こと。
 私の調査では、難音感が起こるには五つほどの原因があるが、中でもとりわけ多いのは、同じ種類の調音種(注)が三音以上連続するときだ。
 「言いにくさ」は、音の流れをさまたげる異物のようなものだから、だれもがそこに「疎ましさ」を感じて使うことを敬遠する。

2.商品コンセプトが音響的に表現されていないこと。
 商品が持つムードやコンセプトを、それにふさわしい音の響きで表現していないと、実体と名前が別々の像を結ぶため、イメージがぼやけるだけでなく、覚えにくいものとなる。

明るい商品には明るい音を、高級商品には高級感を感じる音を……これは優れたネームを作る必須(ひっす)の条件なのである。
 これらの欠陥が見落とされたり、不問に付されることが少なくないが、大衆はそれを決して見逃さない。こうした音の問題とどう取り組むか、これからのネーミングの課題がそこにあるように思われる。(木通)

(日経産業新聞ネーミングNOW  1994.10.13)

言いにくい音とは

同じ調音種の連用に注意


「言いにくいことば」というのがある。私が調査してきたところでは、同じ調音種を連続させると、それが起こるように思われる。「東京特許許可局」や「竹立てかけた」のような早口ことばの言いにくさも同じ理由で説明することができる。

 調音種とは、ことばの音を作る単位のことで、破裂音、摩擦音、唇内音など八つの種類のものがあるが、カ、キ、ク、ケ、コ、サ、シ、ス、セ、ソなど一つ一つの「音節」(拍)は、二つの調音種の組み合わせで作られている。
 例えば、タ、チ、ツ、テ、トの子音「t」は舌内音(舌を使って出す音)と破裂音(息を破裂させて出す音)の組み合わせ、マ、ミ、ム、メ、モの子音「m」は唇内音(唇を使う音)と鼻音(息を鼻に抜かせて出す音)の組み合わせなどというものだが、ことばの中で同じ調音種が三音以上連続すると、口の回りの筋肉がもつれて「言いにくさ」が生まれてくる。

(注) 同じ調音種の間に単独の母音(アイウエオ)や撥音(ン)
促音(ツ)、長音(ー)が入った時はその連続は中断される。


 言いにくい語は、語音の流れがギクシャクして疎ましさを感じるから、社名や商品名など大衆へ向けて出すことばには極力避けることが望ましい。だが、それらをあまり気にしていないネームが意外に少なくないようだ。
 清涼飲料の「アセロラ・ドリンク」(ニチレイ)は「セ、ロ、ラ、ド、リ」と舌内音が五連続するし、化粧品「タクティクス」(資生堂)は「タ、ク、ティ、ク」と破裂音の四連続、口臭除去剤「リステリン」も「リステリ」で舌内音が四連続してどれも非常に言いにくい。
 ネーミングを行う場合、語源やその他、意味的取り組みには多くの時間がかけられるが、いったん決まって社会へ出ると、受けての側の大衆は意味上の納得や共感などより「語感のよしあし」で評価をしていく傾向が強い。
「ことばの音」など些細なことにする見方が過去にはあったが、今の大衆は音響的なわずかなキズにも反応できる高い感性を持っている。
 ことばの中の不協和音を感じとり、その原因を解明できる技術にこそ、ネーミングのプロにとって大事なことと思われる。(木通)

(日経産業新聞ネーミングNOW 1991.09.11)